殺虫剤の概要
殺虫剤の法律適用
衛生害虫用殺虫剤は医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律の規制に基づき、安全性、薬理、効力等の資料の審査により承認される。
薬事法に基づき殺虫・殺鼠剤の承認を受けるためには、安全性を示すための試験が必要で、安全性、薬理、効力等に関する資料を提出する必要がある。
殺虫剤は、医薬品または医薬部外品として承認を受けていて、それぞれ効果が異なり、農薬とは異なる。
2種類を除き劇薬ではない。劇物に分類されるものは、LD50値が50~300mg/kgで規定される。
薬事法の毒薬に該当する衛生害虫用の殺虫剤はない。
農薬は、特定建築物内での害虫防除には使用できない。
乳剤や油剤は、第4類危険物の第2石油類に分類されるものが多い。一定量以上保管する場合は、消防法に基づく少量危険物倉庫の届出が必要となる。
殺虫剤の特性
薬剤のヒトや動物に対する安全性は、毒性の内容や強弱、摂取量、摂取期間等によって決まる。
揮散性が低く速効性に欠ける成分は、残効性に優れている。速効性に優れた成分は、残効性が期待できないものが多い。
殺虫製剤の毒性基準値は、剤型により異なる。
害虫の種類が同じでも、幼虫と成虫、地域により薬剤感受性が異なる場合がある。
殺虫剤の毒性が、単位体重当たりで比較したとき、ヒト又は動物と昆虫の間であまり変わらないことを、選択毒性が低いと表現する。選択毒性が高いほど安全性が確保されている。
昆虫の変態等の生理的な変化に影響を与え、その他の生物に影響が小さい薬剤が防除に利用されている。
殺虫剤使用上の注意
殺虫剤は、直射日光があたらず、温度・湿度が低く、風通しのよい場所で保管する。
使用時は、防毒マスクの着用、耐有機溶媒性のゴム手袋を使用するなど安全を確保する。
万一、吸入による中毒時は、その場から移動させて、安静に保つ。
食品取扱場所や屋外に毒餌を配置する場合には、毒餌箱に入れて配置する。
煙霧処理やULV処理によって、煙感知機が誤作動することがある。
薬剤処理により、カーペットや大理石が変色する場合がある。
殺虫剤の散布に際しては、遅くとも散布3日前までにその内容を通知し、当該区域の入口に散布3日後まで掲示する。
殺虫剤の抵抗性
殺虫剤による防除効果が得られない場合には、殺虫剤抵抗性の発達を考慮する必要がある。
殺虫剤の抵抗性は、薬剤の系統によって異なる。どのような有効成分であっても獲得されてしまう可能性がある。
薬剤抵抗性は、すべての害虫・衛生動物で起こる可能性がある。
発達の原理はネズミ・昆虫・その他の動物で共通で、同一の薬剤が繰り返し使用されることによる世代淘汰によるもので、免疫の獲得ではない。
抵抗性は、一世代の短い害虫が発達しやすいので、作用機構の異なる数種類の薬剤を、間隔を置いてローテーションして使用することが有効である。
昆虫体内の加水分解酵素などが、殺虫剤の解毒に関わっている。
喫食抵抗性は、毒餌の基剤(餌の部分)に対する喫食忌避によって発達する。
殺虫剤の剤型
液状殺虫剤
油剤
成分をケロシン(灯油)に溶かしたもので、希釈せずにそのまま使用できる。
速効性が高い。
引火性が高い。
煙霧処理に使用される。
乳剤
成分を溶かして乳化剤を加えたもので、水で希釈してなるべく早く使用する。
引火性が低い。
普通のものは水で白濁化する。可溶化型の水性乳剤は白濁しない。
ペルメトリンは、ゴキブリに追い出し効果がある。
固体状殺虫剤
粉剤
成分を鉱物性微粉末に混ぜたもので、粉のまま水気のないところで使用する。但し、水面に浮遊させて使用するものもある。
餌にまぶして毒餌を作製するのに使用することができる。
粒剤
成分を鉱物性粉末と混合し造粒したもので、顆粒のまま使用する。
水中で長時間で徐々に有効成分が溶け出す。
残効性が高い。
蚊幼虫対策で用いる。
水和剤
成分を微粉砕し、補助剤と混合したもので、水で希釈して使用する。
残留処理で用いる。
室内や配電盤では使用しない。
ベイト剤(食毒剤)
食料に原体を混合して生物に食べさせて使用する。
喫食した生物の体内に蓄積した薬剤によって効果を出すので、速効性は少ない。
ホウ酸などの徐々に効果が現れるものを使用する。
フィプロニルを有効成分とするゴキブリ用の食毒剤がある。
気体状殺虫剤
樹脂蒸散剤(DDVP)
原体を固体に吸着させたり練り込み、フィルムで覆って拡散速度を調整したもの。
浄化槽などの密閉された空間での成虫防除に効果がある。
つるしておくだけで1~3ヵ月間の効果が期待できる。
速効性が高い。
空間に拡散して揮発してしまうため、残効性は期待できない。
粘着式殺虫剤は、昆虫の死骸が周囲に落ちることが少ない。
ジクロルボスを有効成分とする樹脂蒸散剤がある。
チカエイカの成虫やチョウバエ類で使用する。
薫煙剤
原体を外部熱源を使用して有効成分を拡散させるもの。
飛翔昆虫への利用性が高い。
炭酸ガス製剤
有効成分を直接、液化炭酸ガスに溶解させ、ガスボンベに高圧で封入したもの。
有機溶媒や水は使用されていない。
殺虫剤の成分
昆虫成長制御剤(IGR)
昆虫成長制御剤は、脱皮や羽化を阻害するもので、成虫に対する致死効果がない。
幼虫や蛹(さなぎ)に対する速効性は期待できない。
- 脱皮ホルモンに作用し、脱皮に異常を起こさせるものがある。ジフルベンズロンなど。
- 幼若ホルモンに作用し、羽化・変態に異常を起こさせるものがある。ピリプロキシフェンなど。
ピレスロイド剤
ピレスロイド剤は、除虫菊に含まれるピレトリンの類似物質で、神経系の情報伝達を阻害する。
速効性や残効性がある。
蚊などに対する忌避効果がある。
薬に反応してゴキブリや虫などが飛び出してくるブラッシング効果がある。(ねずみにはブラッシング効果はない)
ノックダウンした虫は、蘇生する場合がある。
魚毒性が強いので、魚類のいる水域での使用はできない。
ピレスロイド剤を液化炭酸ガスに溶解した製剤がある。
フェノトリン、エトフェンプロックス、フタルスリン、イミプロトリンなど。
フルトリンは、常温揮散性がある。
有機リン剤
有機リン剤は、神経系の阻害を起こす。
速効性があるが残効性が低い。
フラッシング効果は無い。
致死量は少量で、死亡率は高いので、蘇生する確率は低く、そのまま死亡することが多い。
有機リン剤を有効成分とするマイクロカプセル(MC)剤がある。
抵抗性がつきにくい。化学構造的に対象型と非対象型があり、抵抗性は異なる。
フェニトロチオンは、対称型有機リン剤である。
プロペタンホスは、非対称型有機リン剤である。
忌避剤
害虫が近寄らないようにするために用いられる薬剤。
カプサイシン・シクロヘキシミド
忌避剤で、ネズミのケーブルなどのかじり防止などの目的で使用される。
ネズミを追い出す効果はない。
ディート・イカリジン
吸血昆虫用忌避剤。
イカリジンはディートと同等の効果があり、ディートのような皮膚刺激性が無い。
殺虫剤の処理方法
殺虫剤は、糞などの汚れが多く見られる生息場所を中心に、ある程度広範囲に処理することが望ましい。
残留処理
よく徘徊する通路、壁面等に薬剤を処理し、残渣に触れさせることで薬剤を経皮的に取り込ませる方法。
速攻性ではなく長時間(1~2か月)の持続性を求める処理である。
散布面の素材により散布量を調整する必要がある。
壁面などでの使用量は、1m2あたり50mLである。
手動式の散粉機は、隙間や割れ目などの細かな部分に使用するときに便利である。
薬剤には、ダイアジノンやフェニトロチオン等の乳剤がある。
空間処理
部屋全体に煙状または霧状の殺虫剤を撒き、気門から取り込ませる方法。
噴射できる粒径によって、煙霧機(0.1~10μm)<ミスト機(20~100μm)<噴霧機(100~400μm)を用いる。
燻煙処理を行うときには、部屋の気密性を保ち、引出し・戸棚等の戸は開放して隅々まで薬剤がよく行きわたるようにする。
煙霧機は、油剤を気化する。
ミスト機は、汚水槽、雑排水槽等の蚊やチョウバエの成虫の防除に多く使用される。
ULV処理
ULV機を使用した空間処理の一つ。
ULV機は、高濃度の薬剤を害虫駆除に適した10μmの粒子にして少量散布する機器。
専用の水性乳剤(ピレスロイド剤)を使用する。
成虫に対して速効性があるが、持続性や残留効果はない。
薬剤使用量は5%の濃度で、1m3あたり1mL程度である。
毒餌処理(ベイト剤処理)
薬剤(ペイト剤)を経口的に取り込ませる方法。
速効性は期待できない。
喫食性に左右されるので、周辺にある餌となる食物を除去する。
毒餌に殺虫剤を噴霧すると、喫食性が弱まり、効果が低くなる。
ホウ酸やヒドラメチルノン等を有効成分とした製剤がある。
殺虫剤の指標
LD50
LD50(Lethal Dose 50%)とは、50%を殺傷させるための致死量[mg/kg]を表す。
急性毒性の評価基準となる。
値が小さい程、殺虫力が強い。
LC50
LC50(Lethal Concentration 50%)とは、50%を殺傷させるための致死濃度[ppm]を表す。
値が小さい程、殺虫力が強い。
KT50
KT50(Knock-down Time 50%)とは、50%がノックダウンする時間[分]を表す。
速効性の評価基準となる。(致死効力ではない)
値が小さい程、速効性が高い。
IC50
IC50(Inhibitory Concentration 50%)とは、昆虫成長制御剤による50%の幼虫が成虫になるのを阻害される効力[ppm]を表す。
昆虫成長制御剤(IGR)による羽化阻害の効力の評価基準となる。
ADI
ADI(Acceptable Daily Intake)とは、ヒトが一生の間に毎日体内に取り込んでも安全な1日当たりの摂取量を表す。
ADIは、NOAELを安全係数(実験動物と人の違いや子供などを考慮した値)で割った値となる。
NOAEL
NOAEL(Non Observed Adverse Effect Level)とは、実験動物に長期間にわたって連日投与して、毒性が認められない薬量を表す。
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